第5回目 原稿
日本でのバスケ
5月に日本に帰ってまずあったのが、5月3・4日の車椅子バスケ日本選手権大会。俺が所属する北海道作業所車椅子バスケットボール部(美唄市)も去年10月の北海道予選で出場権を獲得して、3年連続の出場となった。1回戦は呉リバティーと対戦。接戦で延長戦までいったんだけど惜しくも39−43で負けてしまった。後半途中までリードしてたんだけど、終盤に追いつかれてダメだった。敗者戦は足立スティーラーズ。こっちのほうが強くて簡単にやられてしまった(25−72)。3月・4月とホッケーで忙しく全然バスケやってなかったし、10ヶ月ぶりのチームメートとやったからあまり万全な状態とはいえなかった。とはいえ、実力はけっこうあるからもっと練習しなきゃいけない。
5月1ヶ月間は両親がいた横浜を中心にいろいろ動いて千葉ホークス、埼玉ライオンズ、横浜ドリーマの練習に参加させてもらった。特に千葉と埼玉は日本選手権ベスト4チームでたくさん学ぶことがあった。また、千葉では萬崎さん、岩野さん、及川
さん、埼玉では菅澤さんといった全日本代表選手と話をすることができとてもいい勉強になった。
6月からカナダに戻る8月中旬までは、北海道の自分のチームで練習し、3つの大会に出場した。チームには俺が去年カナダに来てから4人も若い新しい選手が入り、また、俺が美唄に戻った後すぐマネージャーも入り、チームが大きく変わっていた。1つ目の大会は7月8日に帯広で行われた北海道障害者スポーツ大会。この大会では3年前の旭川大会で1度優勝しただけど、いつも準優勝で終わっていた。2年前の釧路大会も決勝戦対札幌で延長戦の末負けてしまった。今年も接戦の末延長戦へ。そして、最後には優勝することができた。北海道の車椅子バスケはここ10年以上札幌に勝てるチームがなく、どのチームも苦労していたから、この大会で勝てたのはすごく嬉しかった。
8月11・12日は紋別カップ。ちょうど俺が車椅子バスケを始めた年から開催されてて、今年で6回目。この大会の開催回数を考えると、俺もけっこうやってるんだなって思う。紋別カップは今3年連続優勝中で今年も難なく優勝することができた。
俺がカナダに戻る最後の週末、8月18・19日に美唄ではじめての車椅子バスケの大会、『ピパオイカップ』が行われた。この大会は美唄労災病院の医師でバリアフリースピリット2000という団体の代表でもある森田始肇先生を中心に実行委員会ができて開催された。俺は27日から大学が始まるからもう少し早く帰るつもりだったんだけど、今まで3年間自分がいた美唄で初めて車椅子バスケの大会をやるということで、実行委員にもなりカナダに帰るのも少し遅らせた。ピパオイカップでは車椅子バスケの大会だけでなく、車椅子に乗ったり手話を学んだりする障害疑似体験をやったり、パラリンピックなどの障害者スポーツの写真を展示したりした。(ちなみに俺の講演会もあった。)メインの試合のほうは準決勝・決勝と厳しい試合だったけど、なんとか我が北海道作業所車椅子バスケットボール部が優勝することができた。また、閉会式の後に30歳以下対31歳以上の選手によるオールスターゲームも行われて、普段は違うチームの選手と同じチームでプレーをしたり、ヤジや笑いがたくさんあった試合でみんなが楽しむことができた。結果はベテランチームの勝ち。
このピパオイカップには市内の中学生や一般の人たちがたくさん観に来てくれて、試合をしているほうもすごく気分がよかった。また、市内の看護学校や高校からたくさんの生徒がボランティアとして参加してくれて、すべてが成功に終わった。来年か
らももっといい大会にしていきたい。
これ以外にも北海道全体の車椅子バスケのレベルを上げるために美唄と釧路で1回ずつ北海道中の若手選手を集めて合宿をした。ここ数年20歳台の選手が増えてきたので、もっとおもしろくなっていくのでないかと思う。北海道と本州や九州との力の
差は明らかにあるのでそれをこれから少しずつ埋めていきたい。
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